【アメリカで13キロ痩せた】海外留学中に摂食障害になり強制送還されそうになった話【4】

留学

 

 

前回の記事で、強制的に病院に連れてこられ、突然入院を告げられました。

一緒に来てくれたカウンセラーもいないし、ここで騒いだりなんてして問題を起こしたらそうなるか分からないので言われた通り従うことにしました。

 

 

部屋はおばあさんと二人部屋。

中の様子は正直あまり覚えていないのですが、トイレは自殺しないように鍵がかからないようになっていました。

 

貴重品は全て没収され、スマホやパソコンも取り上げられました。

外部との連絡手段をなくすのと、他の患者のプライバシー保護のためでしょう。

全ての病院、病棟がそうというわけではないと思います。私の場合は入院したのが精神科だったからだと思います。

何日入院するのか説明がないまま、同居人との生活が始まりました。

 

 

入院中の一日

 

入院中は、特に「これをしなさい」と言われたことはありません。

自由にやりたいことをすることができます。

 

テレビのある部屋で好きな番組を見るもよし。

同じ病棟に入院している患者が集まる広い部屋では

・絵描き

・塗り絵

・パズル

・食事

 

 

などをします。

自分のベッドのある部屋にはテレビや暇つぶしの道具もないので、自然と皆この部屋に集まり、一日を過ごします。同時期に入院していて毎日顔を合わせていたのは、約10人ほどだったと思います。

学生は私だけ、他の方は全員大人でした。

 

 

一日三食と夜食があり、それ以外は絵を描いたり、パズルをしていました。

皆が集まる部屋には必ずスタッフの方がいて、話し相手になったり、危険がないか注意して見てくれています。

 

スマホもパソコンも使えず、学校の課題も持っていなかったので、私はひたすらパズルをしていました。

3000ピースや5000ピースの絵を他の患者さんともくもく完成させていました。

 

パズルだけで一日が過ぎていく。

こんなにもすることがなくて、暇で、無意味に思える日々は初めてでした。

 

朝食を食べてパズル、塗り絵

昼食を食べてパズル、塗り絵

夕食を食べてパズル、塗り絵

夜食を食べてパズル、塗り絵

 

 

消灯時間になると部屋に戻り、睡眠

朝が来るとまた同じ日を繰り返す。

 

あと何日ここで過ごすのか

三日かもしれない、一か月かもしれない

 

大学にもう戻れないかもしれない

留年になるのかなあ

 

 

そんなことばかり考えていました。

 

 

食事について

 

とりあえず体重を増やせば退院できるに違いない、と私はできるだけ多く食事を摂るようにしました。

食事の回数と時間は決められていて、メニューは前日にメニュー表から個人で希望を出します。

例えば月曜日は

朝:オートミール / シリアル / スクランブルエッグ / オムレツ / パン / 牛乳 / オレンジジュース

  / 白湯 / コーヒー / バター / ジャム

 

昼・夜:パン / チキン / いんげん(付け合わせ)/ マッシュポテト / 野菜オーブン焼き / コールスロー / 野菜スープ / ハンバーガー / ジェラート / チョコレートケーキ / ジャム / バター / コーラ / オレンジジュース / コーヒー / 白湯

 

三食違う献立が用意されていて、それらが書かれた紙を受け取ります。

その中で食べたいものをチェックします。

ジャムやバターなどは個数も。

 

それが翌日の食事になります。

たまたまかもしれませんが、アレルギーや持病などのチェックはなし。

どれだけ肥満だろうが何歳だろうが各自で食べたいものを選びます。

 

病院でもハンバーガーやコーラが出るのはさすがアメリカ…

日本で入院したことがないのでわかりませんが。

 

一人でハンバーガーを3つ頼むなんてことはできなかったので、私はなるべく栄養があるものをたくさんの種類取るようにしました。

少しでも食べて、体重を増やすために。

 

 

検査について

 

入院初日に体重と血液検査をした以外、毎日の定期的な検査はありませんでした。

毎日体重や脳検査、採血で厳しく管理されると思っていた私には驚きでした。

自由時間に近くにいるスタッフの方も私の体型や拒食症について尋ねてきたり話題にすることは一切ありませんでした。

それが病院の方針 / 症状改善のためであることは分かっていましたが、いつも私は何しに入院してるんだっけ、遊びに来たんだっけ…と思わずにはいられませんでした。

毎日芸術活動(塗り絵、パズルとか)に勤しんでいたので。

 

 

運動について

 

入院中は別のフロアに行くことはもちろん、外にでることはできませんでした。

病棟の出入りには暗証番号の入力が必要で、少しでも姿が見えない患者がいるとスタッフが居場所を確認します。

脱走する気はありませんでしたが…

 

脱走はもちろん、運動もできません。

テレビやパズルはあってもトレーニングマシーンは見当たりませんでした。

 

できることは病棟の廊下を歩くこと。

廊下の一番奥にある皆が集まる部屋から病棟の出入りができるドアのあるところまで他の患者の方と歩いて、端まで行ったらまた戻って…

 

短い距離ですぐに飽きてしまい、ほとんどの時間は座って芸術活動をしていました。

 

 

カウンセリングと退院

 

ある日、ナースと個別面談をしました。

・なぜ病院に来たのか

・どうなりたいか

・退院したら何をしたいか

・病気についてどう思っているか

 

 

などを話しました。

そして久しぶりの体重測定。

私は増えているのか減っているのか、あるいは変わっていないのか全く見当がつきませんでした。

しかし、

・摂食障害を克服したいと思っていること

・大学でのカウンセリングで、急激な体重増加を強いられ、私はゆっくりと増やしていきたかったこと

・摂食障害になる前の健康だった時の体重でさえ、大学は少なすぎると信じてもらえなかったこと

・健康だったときの体重は「アメリカの基準では」少なくても、私にとって一番動きやすく、調度よかったこと

 

を伝えました。

大学の私に対する扱いに不信感があったこと

少しずつ体重を増やしていこうと思っていること

 

を理解してほしかったのです。

 

 

翌日。

他の患者さんと医師の方と輪になって話をしていると、突然私の名前が呼ばれました。

 

「あなた、今日で退院よ」

 

え?

 

私はあまりに突然のことでぽかーんとしましたが、大学に戻れる!とすぐに理解しました。

「摂食障害克服について前向きだし、体重も増えているから私たちがいなくても大丈夫」

と言われました。

「健康時の体重があなたにとってベストであるなら、他の人より軽くてもそれを目指して頑張ればいいよ」

と声をかけられたとき、本当に私を理解してくれたんだと感じました。

大学では不信感しかなかったので。

 

そして

「退院の手続きをするから、その間に自分の服に着替えて、準備をしておいで」

 

と。

◯時間後とかではなく、今すぐに、には驚きましたが退院できると決まれば早いほうがいい、とノリノリで自分の部屋に戻りました。

 

退院の準備と言っても入院用に借りた服から自分の服に着替え、預けていた持ち物の確認をし、書類にサインをして終了。

 

時間はまだお昼。

病院が呼んでくれた車で大学へ向けて出発。

 

大学へ戻る

 

久しぶり、といっても約1週間ぶりの大学に到着すると、いつも通りの平日でした。

大音量で音楽を聴きながら歩く学生

芝生で寝転んでいる学生

ごはんを寮へ持ち帰っている学生

風が穏やかに吹き、暑くも寒くもない気温

 

あまりに陽気すぎて、私が一人で葛藤していた時間とはまるで別世界でした。

 

ヘルスセンターへ行き退院したことを報告し、とりあえずひと段落。

 

新しい章は

 

ここで拒食症についての記事は終了ですが、この先は夏休みを経て大学に戻ってきてからの過食症について書いていきたいと思います。

 

過食症は全く食べない拒食症と反対の症状。

胃がぱんぱんになるまで食べて嘔吐することを繰り返す症状もありますが私はひたすら食べるだけ。

太りたくない

食べたい

太った

つらい

食べる

太りたくない

 

そんな食事とメンタルのバランスが取れない葛藤について書いていきます。

 

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